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漂流の時代、到来。 [日記]

久しぶりの更新になります。って、毎回ブログを書くときの出だしはこんなんですね。
これからは、もう少しマメに更新しようと思います。って、これも毎回言ってますね。いかんなぁ。

さて、日本の家電メーカーは、軒並み記録的な大赤字を出しました。その結果、世界の中での日本の家電メーカーの位置づけが大幅に見直しされる年度となりそうです。

私がお世話になっている会社も、どっかの国家予算かと思われるような大赤字を出しました。会社の方針も大きく変わったことで、私の仕事も大幅に見直しをせざる得ない状況となってしまいました。またもや、社内で職探しです。さすがに連続だと精神的にもきついですね。まさに、只今漂流中です。。。とほほ。

しかし、この流れは必然だったような気がしています。半年しか所属できなかったビジネス部門でしたが、驚いたことに、そこだけは、ここはまだ80年代ですか?という雰囲気でした。本当に驚きました。昨年まで一緒に仕事をしてきた西海岸の会社とは、まるっきり対極の風土です。いや、むしろ80年代より悪くなっているかも知れません。というのは、私がハード設計の仕事をしていた90年代初頭は、まだディスクリートから回路を組んでいました。そこには純然たる設計業務がありました。しかし、今は台湾や中国、韓国の部品を選定してアセンブリするのが主流です。ほとんど、やっていることは商社です。昔と同じやり方で、むしろ設計がどんどん減っている。これでは、新興国製品に太刀打ちできるはずはありません。

日本では、上流設計というと、外注を効率よく、うまく使うことと捉える経営者が非常に多いように思います。しかし、本当の上流設計とは、純然たる設計業務のはずです。自分たちで設計のひな形となるプロトタイプを作り、具体的な課題、目標を定め、開発組織の青写真を作り、そのひとつひとつのピースを実現するために外部の力を使う。それが上流設計というものでしょう。

西海岸の設計者はきちんと設計本来の仕事をしているように見えます。しかも、その力を、新しいもの、サービスの開発など、創造性を発揮できるもののために費やしています。逆に言うと、エンジニアとしての設計手腕だけでなく、創造性も併せ持っていなければ生き残っていけない厳しい世界でもあります。

しかし残念ながら日本のものつくりの現場には、相変わらず古いやり方に固執し、新しいことが理解できないマネージャーで溢れかえっています。その結果、市場から求められる商品と技術経営能力のギャップを近隣諸国の技術のある安い会社をうまく使って取り繕うというやり方が蔓延していきました。そのギャップを必死に埋めてきた、台湾、中国、韓国の企業が力をつけ、今、日本の会社を脅かしているのです。円高だから仕方がなかったという人もいると思いますが、それでも上流設計まで丸投げする理由にはなりません。

日本の家電メーカーの凋落は技術経営の失敗の当然の結果なのです。しかし、この官僚的な仕事のやり方は、そうそう直すことはできないでしょう。ここ十数年続けてきた結果、もはや彼らなしには何もできないほど、企業文化の一部として溶け込んでしまいました。もう末期の麻薬患者のようなものです。技術経営の根幹にまでこの病理は蝕んでいるのです。

こういう状況ですので、日本の家電メーカーの競争力はそうそう改善しないでしょう。ここ数年で、SANYOのように消えていく大企業もあると思います。ひょっとしたらインフラ事業をもたない会社のほとんどは消えてなくなるかも知れません。

ただ、その中で、大企業に囲われていた優秀者なエンジニアが次から次へと外に出て、人によっては起業し、日本の産業が勢いを取り戻していくことがあるかも知れません。大企業が潰れはじめた時こそが、次のバブルに兆候かもしれませんね。(まともな政権だったらですが。。。) それまでは漂流の時代が続き、私も含めエンジニアにとっては厳しい環境が続くことでしょう。しかし、逆に力を蓄え、次の新しい時代に備えられる大切な時期でもあるのです。

チャンスはピンチの中にこそある。こういう時だからこそ、組織に頼ることのない自立したエンジニアとなれるよう、自分を奮い立たせていきたいと思います。 良いことが、いつもあるわけじゃないように、悪いことも、いつまでも続くことはありません。自分を信じて、がんばっていきましょう!
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2012年あけましておめでとうございます [日記]

2012年あけましておめでとうございます。

今年の年末年始は、久しぶりに長い休暇がとれたおかげで、ゆったりとお休みをとることができました。いよいよ明日から仕事はじめになります。長い休みのあとの仕事開始はいつでもつらいですね。

特に今年は、私にとって昨年以上に試練の年となりそうです。新しい仕事、新しい環境に馴染むために、より一層の努力をしていかなくてはなりません。また、今年は厳しいビジネス環境により状況も刻一刻と変化していくでしょう。今までのやり方が通じなくなる年になると思います。しっかりと周囲の状況を見ながら、目標を微調整しつつ、柔軟に対処できるように進めていきたいと思います。

ただ、今年は長い間かかわってきたソフト開発から距離をおくことになる節目の年でもあります。ここ十数年、つっぱり続け、走り続けてきただけに、ここらへんで、少し自分を見つめなおす時間も作っていきたいと思っています。

変化が多い時代を迎えるからこそ、また、そろそろリタイア後の自分の人生設計を考えなければならない年齢にさしかかってきているからこそ(といっても40前半ですけど。。)、会社というものによりかからない自分を形成していくには、よいタイミングだと思っています。自分が本当にしたかったことはなんなのか?自分の芯をしっかりと見定め、周囲に柔軟に対処しつつも、周囲に流されない自分が形成できたらと思っています。

以上の思いをこめて、今年の漢字は、「再」を選びたいと思います。
自分自身に再び出会うこと、自分そして日本の再生への思いを込めた漢字です。

さて、我が家なじみの神社でのおみくじですが、大吉でした。久しぶりです大吉は。内容は「最初は苦労するが、最後は願いが叶う。しかし、成功にうつつを抜かしてはダメ」でした。不思議なことに、某SNSの2つのおみくじでも同じような内容だったので驚いています。今年、私は久しぶりのNewbieですので、謙虚に、でも大胆にいければなと思っています。

本年も、どうぞよろしくおねがいたします。
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2011年暮れ [日記]

2011年もあと数日で終わりですね。今年は、いろいろな事がありました。

千年に一回と言われる大地震に見舞われた東日本大震災。近来稀にみる、詐欺といってもいいくらい無能な政権下で、このような未曾有な災害が起きたというのは、なんという皮肉でしょうか。20年におよぶデフレの中、日本は、これでとどめが刺されたかと思われましたが、なんとか踏みとどまっていけるのは、日本に住む人々、一人一人の忍耐強さ、勤勉さによるところが大きいでしょう。

私自身も、今年は同年代の知人が相次いで亡くなり、また、自分が推進してきたプロジェクトが中止され、精神的にも打ちひしがれる状況が続きました。でも、テレビで放送される東北の人たちの復興にがんばる姿を見て、こんな状況でしんどいと言っている自分の甘さに気づかされました。政府がやらないなら、自分たちでやるしかない!と、ソーシャルメディアを駆使して、全国からボランティアを募り、資金・資材を調達し、自分たちで港湾を整備し、道を作り、復興を、地道に、しかし着実に現実のものにしていく姿に大きな感動を覚えました。

今年の漢字に、私は「知」を選びました。その文字の通り、今年は、久方ぶりに挫折というものを知ることとなりました。しかし、一方でこの国の人たちの底がしれない力強さを知ることもできました。自分も、その一員であることを誇りに思っています。年初に志した「優れた提案ができる人材」には、なれませんでしたが、長い私の人生の中で、この一年はきっとよい経験になったと信じています。

最近、私の周囲でもそうですが、自分に自信がなくなっている人が多い気がします。私は、メーカーに勤めているので、やれ韓国勢だ、Appleだ、Googleだと、彼らの動向ばかり気にする人が多いのですが、やや過剰反応しすぎてはいないでしょうか?

今、もてはやされているAndroidだって、いわゆる日本のガラケーの焼き直しにすぎません。日本からだって、それだけの技術発信ができたはずです。しかし、なぜ出来なかったか?それは、海外に興味がなかった。それだけです。
韓国勢、中国勢はもともと自らの国が貧しかったこともあり、海外にわたって商売する人もたくさんおり、海外にネットワークが豊富にありました。つまり海外は、非常に近い存在だったのです。一方、米国はどうでしょうか?米国は、今も昔も西海岸(シリコンバレー)が技術の中心です。しかし、西海岸のエンジニアをよくよく見ると、インド人、中国人、韓国人が中核をなしています。つまり、海外勢の躍進と米国の躍進は無関係ではないということです。

しかし、状況は徐々に変わってきています。私の職場でもそうですが、職場にはインド人、中国人はじめ、ブラジル人、欧米人と国際色豊かです。テレコン、ビデコンでも英語が普通に飛び交っています。また、SNS による外国の人たち、文化の交流はますます活発になってきています。今まさに、オフィスの現場から、文明開化の第2幕が始まりつつあるのです。

この流れが、経済的、文化的な成果として目に見えるのには、あと数年かかるでしょう。この文明開化の申し子達が、経済に影響を及ぼす世代になるまで、まだ時間がかかるからです。それが2年先なのか5年先なのかは分かりません。しかし、近い将来、力強い日本経済が戻ってくるのは間違いないと思っています。
次こそは、政権選びに失敗しないことが条件ですが。。。

力強い日本の未来を信じて、新しい年を迎えましょう!
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ソフト屋卒業 [日記]

ものすごい久しぶりの更新になりました。
この期間いろいろありました。一番大きな事件は、自分のやってきたプロジェクトがトップの交代によって中止させられてしまったことです。生き残りをかけ様々な交渉を重ねてきたのですが、翻意させることはできず、最後は残念な結果となってしまいました。せっかく他社をリードしてきた分野だったのですが。。。プロジェクトに関わってきた100名以上のメンバーには、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。各メンバーにとっては、次の仕事も明確になっていないままの突然の中止でしたので、関わってきたマネージャーさんたちとともに、社内の別プロジェクトへメンバーを斡旋する毎日でした。残念ながら、すべてのメンバーについて決まっているわけでなく、心配は続きますが、ほとんどのメンバーについては次の仕事も決まり、ひと段落つきました。でも、これは他人事ではなく私自身も次の仕事を探さなければならず、精神的にかなりしんどい状況が続いきました。まったく異なる分野への転身も考えましたし、正直、会社を変わることも頭によぎりました。しかし、私の選んだ道は、今の事業にとどまって商品を作り続けていくことでした。なんだかんだ言っても、好きなんですよね、今の製品が。もちろん、私をかってくれるシニアマネージャーの方々の存在もあります。でも、今までのようなソフトの設計・開発という立場ではありません。商品開発・設計という立場になりました。

実際のところ、今の会社の中ではソフト開発というのは、なかなか主役にはなれません。商品企画やシステム設計で決められた仕様を実装していくというのが普通の姿になってしまっています。今まではソフト屋の立場で、それを変えていこうとがんばって来ましたが、今回の件で、それに限界があることを痛感させられました。やはり、商品設計の中核にいないと、自分の意見を事業計画に反映させることは難しいです。実際、日本のメーカーで、ソフト出身のエンジニアが事業をリードしているような会社がどれだけあるでしょうか?ほとんどないと思います。それどころか、ソフトウエア部隊のマネージャーがハード設計しか経験ないという職場も多いと思います。そのような状況では、Apple や Google、Microsoft のような会社に到底太刀打ちできるものでないでしょう。

せめて私の職場だけでも、そのような状況に一石を投じていきたいと思い、今回の転身を決意しました。事業は残念ながら、惨憺たる状況ですが、このような火事場にあえて飛び込んで、一発逆転でもできれば、ソフトウエア的なものの考え方というものが製品開発、事業計画の中でどれだけ重要なものなのか身をもって証明できるというものです。次の職場では、部下は一人もいません。どれだけの成果がだせるか未知数ですが、私の知恵と行動で大きな流れを作り出していきたいと考えています。坂本竜馬も最初は一人でした。きっとできないことはない!うん。

でも、今まで通りソフトウエア技術は追い続けますよ!しょうもない内容ばかりですが、少しでも気にかけて読んでもらえると嬉しいです。これからも、よろしくお願いいたします。
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久しぶりの再会 [日記]

先日、久しぶりに昔の仲間と飲む機会がありました。逝ってしまった仲間を偲ぼうと集まってきた仲間達です。
さすがに、この年になると、皆、中堅どころで忙しく、なかなか全員揃うということはできませんでしたが、皆の元気な様子が聞けて、本当によかったです。あの頃は新人で入社した者も、今ではすっかりマネージャーという肩書もついていてびっくりです。月日がたつのも早いものですね。

でも、腸にポリープが見つかったという話や、脳こうそくで命を落としかけた話などを聞くにつれ、もう皆、若くないなとあらためて実感することになりました。私も最近は海外出張つづき(最近は、2週間に一回は海外出張しています)で、体に無理がかかっているのは分かっているだけに、自分の体をいたわってあげないといけないなと反省する次第です。もう少し仕事のペースを落とさないとダメかな。

残念ながら、その日は、あまり時間もとれなかったので、また近いうちに再会しようということになりました。悲しい出来事がきっかけでしたが、こうやって、昔の仲間と旧交をあたためられるというのもいいものです。

しかし、この歳になると、自分で会社を興したり、地方や世界に活躍の場を求めたり、今までの生き方を大きく変えていく友人たちの話を、よく聞くようになりました。キャリアを積んで、自分に自信を持てるようになって、自分の人生を自分で決められる年齢になってきたということなんでしょうね。いろいろな意味での人生の節目なんだなと感じます。時々、”オレは、このままでいいのかな?” と、ふと考えがよぎることがあります。

私の父親も大会社からの独立組なのですが、転機は、50代後半。定年間際に独立して、事務所を開きました。現在80歳近くになってますが、まだ現役で働いています。老骨にムチ打って、大変だ大変だといいながら、嬉しそうに働いています。

最近は、70代のお爺さんたちが、磁力抵抗ゼロの発電機を発明したり、浮力と重力を使った画期的な発電機を開発したりと、お年寄りの大活躍が続きています。そんなニュースを聞くと、まだまだ、私など若者の範疇だなと勇気づけられたりします。

大きな会社に勤めていると、自分では、おかしいと思える方向に物事が進むこともあります。しかし、そこから学べることもあるでしょう。また、大きな会社だけにしか得られない、いろいろなチャンスにも出会えるでしょう。今のままでも、やれること、学べることは沢山あるはずです。

あせらずに、もう少しがんばってみよう。
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ここ最近のできごと [日記]

ここ最近は、出張が多く、この一か月で、米国出張、スペイン出張とこなしてきました。
来週は、また米国出張、月末には、またスペイン出張の予定です。

米国出張は、一泊四日という強行軍で行ってきました。しかも、成田からロサンゼルスに着いた、その日にサンディエゴで打ち合わせをして、その足でサンノゼへ。一泊した後、打ち合わせをしてサンノゼからロスに戻り、ロスから深夜便で羽田着という感じです。羽田便ができたことで、無理が効く日程が組めるようになってしまいました。便利ですけど、ビジネスマン泣かせです・・・。

スペインはバルセロナに行ってきました。バルセロナは4,5年ぶりの出張です。本当に久しぶりです。空港が前よりも拡張され、立派になっていることにびっくりしました。オフィスも、郊外から街中に移動し、とても便利になりました。私の大好きな街のひとつです。

barcerna.JPG
バルセロナの港から

しかし、久しぶりのバルセロナも、悲しい気持ちでの出張となってしまいました。

出張の直前に、ネットプリントの開発で一緒にがんばってくれた仲間の訃報が入ってきました。癌だったようです。知りませんでした。最後に会ったのは、5年前くらいだったのですが、とても元気にしていたので、いまだに信じられません。

長い闘病生活だったようです。最後は自分で救急車を呼び、そのまま息を引き取ったという話を聞きました。彼女らしい気丈な最後だったようです。私から引き継いだネットプリントのシステムを全国展開してくれたのは、彼女でした。明るく、少しミーハーな彼女は、誰からも好かれ、敵の多い私とは対照的な存在だったと思います。だからこそ、よきパートナーとして、お互い足りないところを埋め合わせることができたのでしょう。

もう十数年も前のことですが、プロジェクトの皆と、よく遅い時間から飲みに行き、夜通しカラオケでバカ騒ぎしていたことを思い出します。もう、あの時は帰ってこないのですね。

いろいろな事情があったにせよ、途中で投げ出しちゃって、ごめんなさい。忍耐強い人だったから、あの後もいろいろと我慢しながらやってきたことでしょう。でも、もうゆっくりと休んでください。まだ、信じられないけど、天国から、あの笑顔で、皆の活躍を見守っていてください。

あらためて、ご冥福をお祈りします。
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幻惑のソフトウエアアーキテクチャ(6) [ソフトウエアアーキテクチャ]

ユースケース図は本当に必要なのか?

今まで、タスク構造についての議論を中心にしてきました。今回から、本論であるソフトウエアアーキテクチャの設計について議論をしていきたいと思います。

まずは、ソフトウエアアーキテクチャ設計の出発点となる、ユースケース図から考えていきましょう。下記のような、非常にありふれたユースケース図を例にとってみます。

usecase_sample.gif

さて、ここから、何が読み取れるでしょうか?

ユーザーのToDoを管理するシステムであることは分かります。しかし、この図から、ソフトウエアの設計に必要な技術情報をどれだけ読み取れるでしょうか?

このシステムは、会社のエンタープライズシステムの一部なのでしょうか?単なる Windows アプリなのかもしれませんし、携帯電話アプリかもしれません。もしかしたら、Pagerのような専用ハードウエアなのかもしれません。

情報をどこで管理するのかも分かりません。端末内部のストレージなのか、外部のサーバーなのか? Cloudのようなサービスなのかもしれません。

まだまだ疑問は膨らみます。ユーザーは、どのようにToDoを入力するのでしょうか?ハードウエアキーボードなのか、ソフトウエアキーボードなのか?もしくは、スタイラスを使った文字認識による入力かもしれませんし、音声入力もサポートしているのかもしれません。

残念ながら、この図からは、ソフトウエア開発に必要な重要な情報を何一つ得ることはできないようです。もちろん設計者によっては、もっと細かく表現する人もいるでしょう。しかし、ユースケース図は厳密に記述の粒度・内容が決められているわけではないので、共通に使う設計書としては十分なものとはいえません。さらに、フォーマットそのものも、設計書としては非常に表現しにくいものとなっています。たとえば、人型は、誰もが人を連想しますが、ユースケース図では、人型でシステムを表すことも許容しています。それは、明らかに直観に反するものでしょう。

ソフトウエアは、"幻惑のソフトウエアアーキテクチャ(2)"で述べたように、電気回路上でしか存在しえません。つまり、ソフトウエア設計においては、ハードウエアの構成と、そのハードウエアに紐づくソフトウエア基盤の情報が非常に重要だということです。それは、プログラマであれば誰も否定できない事実でしょう。逆に言えば、ユースケース図が重要視する誰が操作するかという情報は、ソフトウエア設計においては、あまり重要ではないのです。

一方で、ソフトウエア設計には、ユーザーインターフェースの設計やデータベースの設計と、情報の構成そのものを設計するという側面もあります。そのために、誰が操作するかという情報が重要であり、ユースケース図は必要なんだという意見もあるでしょう。

しかし、ユーザーの立場からしてみれば、分かり知れたことを記述するユースケースのレビューは退屈極まりないものになります。その図のレビューに真剣につきあうことは、まずありません。したがって、まともなユースケース図ができあがる見込みはまずないと言っていいでしょう。

ユーザーにとって重要なのは、システムが、どのように操作でき、どのように所望のアウトプットを得られるのかという事です。わけのわからない人型の図などよりも、ユーザーインターフェースの議論のほうが、遥かに興味を引く話題になるでしょう。また、ソフトウエアエンジニア、とりわけGUI設計をするエンジニアにとっても、ユーザーインターフェースは一番の関心事です。したがって、ユーザーとのコミュニケーションの間では、ユーザーインターフェース設計の議論は、多くの情報を引き出すことができ、設計活動をより加速させることができます。

さて、ここまでで、私が何を言いたいのか分かったと思います。はっきり言いましょう。ユースケース図は不要です。設計者にとっても、それを使うユーザーにとっても、何の利益ももたらしません。それに貴重な設計資源を割り当てるのは、無駄というものです。

今までの議論からもわかるように、ソフトウエア設計をしていく上で、本当に必要な情報は、下記の3点に集約されます。

1) ハードウエアの構成
2) ソフトウエア開発の土台となるハードウエアと紐づくソフトウエア基盤の情報
3) ユーザーインターフェース

優秀なエンジニアなら、これらの情報からどのようなソフトウエアを作ればよいのか、おのずと思い描けるはずです。つまり、これらは、ソフトウエアアーキテクチャの骨格をなす情報といえるでしょう。ソフトウエアアーキテクトは、この3つの情報を整理することが、非常に重要な仕事となるのです。

しかし、この3つの情報は必ずしも技術的な理由で決まるものではないことに注意してください。
たとえば、1) は既存のシステムの流用だったり、コスト的な理由だったり、取引先との関係から決められることが多いでしょう。一方で、2)も、既存のソフト資産の流用が前提となっていたり、契約(ライセンス)の内容によって決められたり、流行だったり、場合によってはマネージャーの好き嫌いで決められる場合もあるでしょう。3) においても、2)のフレームワークの制約や、ハードウエアの制約、意匠の関係、特許回避、流行など、技術的な理由だけでない、さまざま制約によってユーザーインターフェースは決められていきます。

1), 2), 3) の決定理由は、それこそ千差万別です。すなわち、ソフトウエアアーキテクトには、技術スキル以外の能力も求められるということです。その情報を引き出すスキルは、相手や状況によって大きく変わります。あるときは、ゴルフができることが重要だったり、あるときは契約交渉スキルが重要だったりと、技術とはまったく関係ないスキルがもとめられることもあるのです。

このように情報を引き出す相手、最新のソフトウエアアーキテクチャ議論の用語ではステークホルダーと呼ばれる、について技術的に議論するのは、実にバカバカしい話です。また、組織的な重要人物と情報入手における重要人物が異なる事もよくある話です。これら人間的な所業を技術で語れるはずがありません。ソフトウエアアーキテクトの成果として意味があるのは、上記3点の技術情報をまとめることであり、情報を引き出す相手、スキル、手法が重要なのではありません。そこを混同してはいけません。

さて、ここまでの情報が整理できれば、あとは純粋な設計活動に落とし込むことができます。この段階から、ソフトウエアアーキテクトはプログラマとともに、どのようにソフトウエアを実現していくかを考えていくことができるようになります。

次回からは、その設計のプロセスについて持論を展開していきたいと思います。が、また気力がわいてきたらということで・・・、あしからず。

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震災から1か月 [日記]

震災から一か月経ちましたが、未だに復興が道半ばといったところでしょうか。今回の被害の大きさをあらためて思い知らされます。関東圏のインフラもまだ完全復旧というところまでは来ていません。夏場の電力がピークになる時にどのようなことになっているか想像もつきません。今年は、猛暑でないことを祈るばかりです。

復興の足を引っ張っているのは、地震・津波の影響はさることながら、原発事故の処理が長引いているのも大きな要因だと思います。実際にどのようなことが起きていたのかは知る由もないですが、廃炉を恐れるあまりに、対策が後手後手になってしまっていなかったか、いつか検証を進めてもらいたいものです。原発事故は、時間が勝負というのは、スリーマイル島の事件でよくわかっていたはずなのに、自分たちは絶対大丈夫という自惚れもあったのではないでしょうか。

先月、サンディエゴへ出張する機会があったのですが、現地のニュースや新聞では日本政府の対応、また、それ以上に東京電力の対応について大きな批判が集まっていました。いまや、西海岸でTEPCOの名前を知らない人は少ないと思います。

今まで原発の構造については無知だったのですが、今回の事件で、原発は発電所でありながら、外部からの電源供給が断たれると、制御が効かない構造となっているのは驚きでした。システムに欠陥が生じると、収束方向ではなく、発散するようにできているのは、制御工学的に大きな欠陥があるといえるのではないでしょうか?バッテリーが故障した車が、アクセル全開となったまま、ブレーキが効かなくなるようなものです。

日本は、産業立国であるがゆえ、大きな電力が必要です。一方で資源がない国でもあるので、より高効率の発電設備が必要であり、一番手っ取り早いのは原発であるのはうなずけます。しかし、原発はシステムとして非常に不安定で、地震大国の日本にとって安全な設備といえるものではないと思います。

日本政府や産業界は、この難しい方程式を、安易な道を選ばずに、腰を据えて取り組んでいってもらいたいものです。そのためには、さらなるイノベーション、そして世の中のしくみを変える構造の転換が必要になるはずです。

ピンチはチャンス。日本人は、昔からなかなか物事を変えることができない民族ですが、追い詰められると、その変化と進歩のスピードは驚異的です。この千年に一度の天変地異の時代は、私たちの生活を長く苦しめることでしょう。でも数年後には、日本という国が大きく変わり、さらに逞しく進歩的な国となっていると信じて疑いません。

がんばろう日本!
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がんばれ日本! [日記]

東日本大地震で、多くの人たちが亡くなり、多くの方が被災されました。大船渡にいる私の妻の友人一家も、最近までまったく連絡がつかなかったのですが、本当につい最近連絡がつき、ほっと胸をなでおろしているところです。

当の私も、3月8日に盛岡に出張しており、ひとつ間違えば被災者の一人となるところでした。あの時、東北新幹線から見た仙台周辺の田園風景を、津波が呑み込んでしまったとは、今でも信じられません。

私が生きている間に、1000年に一度と言われる大地震に遭遇することになるとは思いにもよらないことでした。また、同じように日本の原発で事故が発生するということも。

原発については、東電の対応に批判が集まっていますが、同じエンジニアとして、まさか十数メートルから、数十メートルの規模の津波が現実にやってくることを想定できたか自信がありません。日々生活していく中では、このような非現実的ともいえる大きな災害を想像することは難しく、そこに何億という投資をする決断ができる経営者がどれだけいたでしょうか。ただ、スマトラ大地震で実際におきたことを考えれば、想定した対応を当然すべきであったのではないか?という思いもあります。一度、事故を起こしたら、取り返しがつなかいことは分かっていたはずなのですから。しかし、今となっては、覆水盆に返らずです。一日も早い事故の収束と、インフラの復旧を願うばかりです。

また、今回の大震災で、いかに我々が東北の産業界に依存していたか思い知ることになった方々も多いと思います。今回の地震で、多くの大中小企業がダメージを受け、私の関わっているプロジェクトでも複数の部品の供給がストップし、大きな問題となっています。それ以上に、コンビニやスーパーでは紙や牛乳など多くの生活必需品が品薄になっており、大きな影響が出ていることがわかります。今後も、多くの工業製品、海産物や農産物にも影響は広がっていき、私たちの生活にも直撃していくでしょう。

私たちにとっては、つらい日々が続きますが、被災されている方々の苦労に比べれば微々たるものです。今までも多くの困難を克服し、逞しくなってきた国ですので、数年後には、今よりももっと力強い日本になっていると信じて疑いません。

がんばろう日本!

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日本のソフトウエア産業の再生は地方から? [日記]

前回、オフショアの波に飲み込まれていく日本のソフトウエア産業の厳しい現状について語りました。このまま空洞化という不安も感じていましたが、ひょっとしたら、それは杞憂かも知れません。

職業柄、ソフトウエア受託開発の会社の方々とよく会うのですが、最近、地方での開発という話をよく聞きます。しかも設定されている価格は、賃金が高騰している中国と比べ遜色がありません。話をよく聞くと、地方では産官学で連携してソフトウエア産業を盛り上げようという機運があるようです。自治体からの便宜はもちろんのこと、地元の大学や、いったん仕事をリタイアした主婦やエンジニアを使って、価格が安く設定できているようです。かなり効果的な産官学連携だと思いました。

ソフトエアの開発は、基本的に場所を選びません。また、投資も工場や研究所に比べ少額で済みます。そのため、オフショア化が容易で、多くの企業が人件費の安い国々にシフトしていきました。しかし、言葉や文化的な違いによって生産性が思ったほど出せなかったり、また、試作機などの輸出コストと時間が、想定以上に開発に影響を及ぼす現実を目の当たりにしていることでしょう。さらに問題になるのが、ネットワークや最新測定器などの開発インフラです。ネットワーク製品や高周波製品がここまで溢れている中で、インフラが限定される途上国ではやれることも限られます。コスト削減のために、オフショアに展開してみたものの、理想と現実のギャップに苦しんでいる会社も少なくないと思います。

しかし、これが日本の地方なら、言葉や文化の壁や物流コスト、インフラの問題が一気に解決します。残る問題は人件費だけですが、それが学生や主婦の力で解決されれば、なにもわざわざ海外に開発を出す必要はなくなります。それだけでなく、学生や主婦が商品開発に携わっていくことで、人材育成や女性の社会進出にも役立ちます。日本のソフトウエア産業にとって、すべて良い方向に転がっていくでしょう。

国政がどうしようもない状況の中、最近、地方行政が元気がいいようです。幕末の頃のように、地方から日本が変わっていくといいですね。日本の再生と反攻が、今まさに地方から始まろうとしているのかもしれません。

まったく、話がかわりますが、妻と私の最近のマイブームは、農協の直産販売所です。地産地消を、まさに実践しているのですが、ここの野菜は本当においしいです。料理の味が、まったく変わります。食材でここまでおいしくなるなんて、二人とも思っていなかったのでビックリしました。スーパーよりも2割高くらいですが、味もいいし、日持ちもするので十分ペイします。逆に野菜高騰時は、スーパーほどの値上がりはありませんでした。中間業者が少ないだけに、値段の変動も抑えられるようです。近所の人たちも、おいしいものは良く知っているようで、いつも混んでいて品切れも少なくありません。こんな小さなところからも、Made in Japan の復活が静かに進んでいるのかも知れませんね。
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